シュールの効用

シュールの可能性を追求するブログ

2020-07-01から1ヶ月間の記事一覧

(32) シュールなノミ(蚤)

普段目にすることのないノミも、拡大すると気持ちの悪い怪物に見える。この図はロバート・フック(1635–1703)の著書「ミクログラフィア」(1665)に掲載された顕微鏡がみたノミの図である。同書は細胞の形を顕微鏡が明らかにした最初期の書物で、彼は観察対…

(31) シュールな弁護士

野菜や果物、木の根で構成された肖像画で有名ミラノの作家アルチンボルド(1526 - 1593)は、1562年36歳でウィーンでフェルディナント1世 (1503 - 1564)の宮廷画家となり、67歳でウィーンで死んだ。人気のある春夏秋冬の植物で顔を構成した作品は1573年に描…

(30) シュールなディオニュソス

紀元前335年の演劇の神ディオニュソスを祝う祭典で、コミックや悲劇が上演された。優勝した団体には、ブロンズの三脚が贈られた。賞品としての三脚は、公共の展示記念碑の上に展示された。このときに建てられたこの記念碑は、今日までアテネで保存されている…

(29) 天井画のシュール

ドイツにあるヴュルツブルクのレジデンツ宮殿は、バロック様式の宮殿階段が壮大な応接室として設計されている。建築家バルタサール・ノイマンは、柱のない中空の空間に3段の吹き抜け階段を構築した。そこの天井画を依頼されたヴェネツィアのジョヴァンニ・テ…

(28) ヴェネツィアのシュール

下の2枚の絵は、いずれもヴェネツィアのグランド・カナル(運河)にまつわる絵である。作者はジョセフ・ハインツ3世(1600–1678)とL・カルネバリス(1663 – 1730)である。ハインツの作品は1673年、L・カルネバリスは1690~1700年頃の作品という。いずれも…

(27) シュールの女性画家(2)

ケイ・セージ(1898~1963)は、ニューヨーク州ウォーターヴリートに生まれた。1937年に渡仏。翌年1938年にシュールの展覧会でキリコの作品を見て衝撃を受け、自身もシュランデパンダン展(Salon des Surindépendants)に油彩を出展し、アンドレ・ブルトンと画…

(26) シュールの女性画家

レメディオス・バロ(1908-1963) はスペイン生まれのシュールレアリスムの女性画家。美術学校の同級生と結婚しパリに出る。そこで彼女はシュールレアリスム運動に大きく影響された。1940年にパリに進軍したドイツ軍の迫害を避けてメキシコに脱出。逃亡先で生…

(25) 草上の昼食のシュール化

『草上の昼食』は、1863年にエドゥアール・マネ(1832-83)によって描かれた。この絵は1863年のサロン(官展)に出品したが落選。これまで神話のなかの女神が裸で描かれるのは普通であるが、公の場所での女性の裸体を描いた題材がスキャンダルとなった。モネ(1…

(24) 地震による鉄橋の現実

1891(明治24)年10月28日に美濃・尾張地方に濃尾大地震が発生。死者7273人 、家屋倒壊は14万棟という大地震であった。(「ウィキペディア」2020より) この地震の記録が、1891年11月に、神戸の「ヒョーゴ・ニューズ」事務所から発行されている。 タイトルは…

(23)アメリカ・インディアンのシュール

アメリカ・インディアンの住む土地を1830年から7年間に5回旅行し、最終的に50の部族を訪れたジョージ・カトリン(1796-1872)。その2年後にはミズーリ川をユニオン砦まで3000 km 以上遡り、インディアンの集落で数週間を過ごした。この間彼は、インディアン…

(22)富士山のシュール

富士山の絵では、浮世絵の中では北斎(1760-の「富嶽三十六景」がもっとも人気がある。そのなかでも富士山に波がいまにも襲いかかりそうな「神奈川沖浪裏(なみうら)』がもっとも知られている。このシリーズに人気を集めたため、北斎は今度『富嶽百景』に挑…

(21) 花火のシュール

花火は中国の唐朝の第2代皇帝李世民(598-649)の時代からあった伝統的な風習。花火は、中国語で「烟花」「花炮」と呼び、中国では盛大な儀式やパフォーマンスでよく使用されている。近頃は、山火事など環境保護を重視し、花火や爆竹に対する「禁止令」や「…

(20) 植物画のシュール

下の2枚の絵は、ドイツ生まれの植物画家マリア・メーリアン(1647 - 1717)が、植物に昆虫を一緒に描いたものである。 花の絵や花の図鑑は、普通美しい花だけを中央に描いたものだが、彼女の絵には毛虫と蝶が同じ場所に登場しているので、気分が良いもので…

(19)コレラのシュール

1879(明治12)年、日本でもコレラが流行した。そのとき日本にいたキリスト教宣教師は記事を送り、翌年のイギリスが発行する「図解宣教師ニュース」(1880.3.1) に紹介された。 「昨年の夏は、大阪近郊の日本人にとって大変な時期だった。ウォレステイラー牧…