シュールの効用

シュールの可能性を追求するブログ

149 稀有書 25 孤独な散歩者の夢想

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孤独な散歩者の夢想(新潮文庫)

ルソー「孤独な散歩者の夢想」 ・「第1の散歩」  要するに、僕は地上でただの一人きりになってしまった。もはや、兄弟もなければ隣人もなく、友人もなければ社会もなく、ただ自分一個があるのみだ。
・「第2の散歩」
 夜はふけていった。僕は、空と、いくつかの星と、少しばかりの青いものに気づいた。この最初の感覚は、一瞬、こころよかった。
・「第3の散歩」
 死なねばならぬ間際になって、生くべき方法を学ぶ時間などあるだろうか? しようもあるまい!
・「第4の散歩」
 僕にはプルータルコスがいちばんおもしろく、また、得るところもいちばん多い書物である。これは僕の幼年期における最初の読書だったが、僕の晩年における最後のものにもなるであろう。
・「第5の散歩」
 僕のこれまで住んだあらゆる土地のなかで(そして僕も快適な地に住んたが)ビエンヌ湖中のサン・ピエール島くらい、僕を真に幸福にし、そしていつまでそこをなつかしむ情を残した土地はないだろう。
・「第6の散歩」
 僕の運命は、幼少のころから、はやくも最初の罠をかけておいたように思われる。そして、この罠が、長い間、かくもむざむざと他のあらゆる罠にかかるように僕を仕向けたのだった。
・「第7の散歩」
 突如として、またこの病気にとりつかれたのである。それも、初回のとき以上の熱のあげようである。今度は、ミユレーの、「植物界」をすっかり暗記し、地上で知られているあらゆる植物を知ろうという賢明な計画をたてて、それに専心没頭しているありさまだ。
・「第8の散歩」
 僕は捜したが、むだだった。そんな人は見つからなかった。連盟は全国的であった。例外なく、永久に。そして僕は、その神秘を究めることなく、この恐るべき追放の中で余生を終えることは確実である。
・「第9の散歩」
 幸福というのは、一つの不易の状態であるが、かかる状態は、この世では人間にとってあつらえむきにできていないらしい。地上にある一切は不断の変転のなかにあって、不変の形体をとることは何物にも許されないのである。
・「第10の散歩」
 僕は完全に自由であり、自由以上だったのである。なぜかとなれば、 ただ自分の愛着のみに縛られている僕は、自分のしたいと思うことしかしないからである。僕の全部の時間は、愛の営みや、田園の仕事にあてられていた。(青柳瑞穂訳)
●ルソーの死
 スイス生まれの哲学者ジャン・ジャック・ルソー(1712-1778) は、1778年7月2日のパリの近くの村エルノンビルで死んだ。  彼は死の朝、習慣通り非常に早く起き、彼が住んでいた城の美しい公園を散歩して、健康の状態で家に帰った。  彼は朝食を食べ、それから彼の友人テレサ・ルバスールと彼のアパートに入った。10時ころ、主人のジラルダン侯爵が、ルソーの部屋から叫び声を聞いた。彼は急いで部屋にかけつけると、ルソーは血まみれになって床に倒れ、そばにはテレサがいた。最初は、ルソーが脳卒中の発作で死んだと思われた。(資料 哲学誌『オープンコート』1913年3月より)

148 稀有書 24 シンガポール占領

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「日本軍による占領 1942-45、写真に見るシンガポールの記録」(1996)

   これまでの体制は2月15日に終了した。イギリス軍が日本陸軍に降伏した1942年、新しい生活が始まった。 シンガポールは「昭南島」と改名され、日本人向けの食堂や料亭なども作られた。
 シンガポールの陥落から70年以上が経過したが、その間に学んだ苦しみと忍耐の教訓は、生き残った人々に残っている。彼らの記憶から、そして当時の写真の記録であるこの本は、シンガポールの歴史の中で最も重要な章の1つを語っている。

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悪名高いタイとミャンマーを結ぶ「泰緬(たいめん)鉄道」

 日本の占領地から約6万人の捕虜が、この鉄道路線で働くために派遣された。 その後、民間労働者がその建設をスピードアップするために派遣された。 多くの人が医療の欠如のためにマラリア、コレラ、赤痢で亡くなったため、死者数はすぐに増加した。
National Heritage Board "Japanese occupation 1942~1945 TIMES EDITIONS"
A Pictorial Record of Singapore During the War. Times Edition(1996)

147 稀有書 23珍説愚説辞典

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J.C.カリエール/G・ベシュテル編『 珍説愚説辞典』高橋弘美訳 国書刊行会2003

「珍説愚説辞典」は、訳者後記を含め翻訳で769ページある大著である。1頁5人の著書からの引用とすると、およそ3,700册からの抜粋集となる。原著はフランス語であるので、読者の活用を考え50音に並べてある。従って読者の興味を引く単語からランダムに読めば良い。
 「誰でも書けるわけではない珍説愚説に満ちた本を書くことが大切なのではない。重要なのは必要な寛大さを身につけることだ。それがなければ人間再生の春は来ない。珍説愚説の権利を守ること、そして自由を知ることだ。1965年6月」と作者の序文にある。
 以下は5つほど、この本が選んだ中味を紹介したい。

『アインシュタイン』/意外な功労
・アインシュタイン夫人は現在最もインタビューを受けることの多い女性である。彼女がそうした苦難に耐えているのは、ひとえに、名高い四次元の発明者である夫の仕事がこれ以上増えないようにという思 いからであることは疑うべくもない。      「パリ・ミデイ」1933年9月8日

『軍隊(英国の)』/ひどい話
・ネルソン提督の水兵はほとんど全員が徒刑囚であり、ワーテルローでナポレオンを破ったウェリントン配下の英雄はどうしょうもないならず者であった。
  エクトール・フランス『ロンドンの夜』(1900)

『戦争』/戦争は人間を向上させる
・経験があるからこそ言えることであり、余計な心配など必要ないことなのだが、戦争に従事するからと言って、兵士が堕落したり残忍で非情な人聞になるなどということはありえない。それどころか戦争は人間を向上させるのだ。そのことを ぜひ理解してほしいと思う。
  ジョゼフ・ド・メーストル『ペテルプルク夜話』(1821)

『洗礼』/しなくてもかまわない
・子どものとき洗礼を受けなくても、殉教すれば受洗したのと同じことになる。
  ミーニュ師『新神学百科事典』(1851)第十巻「洗礼」の項

『創造』/みんなが知っている日付
・天と地を御言葉によって造られた神は、自らの御姿に似せて人を造られた。紀元前4004年のことである。
    ボシュエ『世界史論』(1681)

146 稀有書 22  マクルーハン「テレビとは何か」

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マクルーハン『機械の花嫁』英語版2001年表紙

 1967年サイマル出版社からでたマクルーハン著『マクルーハン理論』(Explorations in Communication 1960)のメディア理論は、出版当時大変な話題を集めた思想?であったが、当時はその奇抜なアイディアに振り回され、その本質が理解されたとは言えなかった。あれから60年も経って、あらためて読み直してみるとそのすごさがわかる。
 彼の理論が時代を先取りしていたことと、人間が置かれている地域や環境によって、メディアが与える印象とその影響が(同じコンテンツであっても)異なることに、気づいていなかったせいもあった。では「今、それを読むメリットは何か?」我々はこれまで、文字のなかった聴覚文化から文字文化の時代を経てきたが、今日の多元的メディアの時代には、文字文化に培われた思考体系では、現在何が起きているかを理解できないというところから始めることと思われる。

●すべてが同時に起こる世界
 テレビによると経験の形式はきわめて深い無意識的な内省のごとき性質をもつものであり、黙想的で東洋的なのである。テレビっ子というのは、深奥なところまで東洋化した人間なのである。 彼は目標というものをこの世で追求すべき目的とは考えない。彼は役割は受け入れるが、目標は受け入れないのである。彼は内側に向かっているのである。これほど大きな革命が、これほど短い間に生じたことは、西欧、いや、あらゆる社会において、いまだかつてなかったことである。
 感受性と経験のこの深奥における革命は、なんらの警告なしにやってきた。だいたいこのような革命が起こっていること自体、人は気がつかないでいるのである。この革命はあらゆる種類の不安、動揺、疑問を生み出しているのであるが、なんら理解はされていないのである。
(「テレビとは何か」マーシャル・マクルーハン 70p)

145 稀有書 21モスカ「支配階級」

 

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モスカ「支配階級」扉(英訳版1939年)

イタリアの政治学者のガエターノ・モスカ(1858-1941)が、38才のときに書いた「支配階級」に、国が滅ぶ2つの原因についてふれている。権力の移譲が比較的おだやかに行われた江戸時代末期の日本を例にしている。  国が滅ぶには2つの原因があるが、滅ぶ場合、この2つが伴っているようである。
 国が滅びる第1の原因
 困難に対処するために、支配階級がそれに対応する秩序を再編成する場合、社会の下部の深い層から新しい血と新しい生命を引き出してくることでができないときである。
 国が滅びる第2の原因
 国は、国民を結びつけ支えててきた道徳的な力が減少する時に滅びる。 なぜなら、個々人の道徳的な力のかなりの分量が集中され、統制されて、集団の利益に関連した目的に振り向けられるよう指導できるからである。  国の魂の核となる伝統を放棄することなく、他民族との接触に適合した注目すべき例は、この5、60年間の日本が示している。
 日本は、ばらばらになることなく急進的に変化する方法を見つけた。 問題の期間に、日本が最も知的な限られた上流階級によって支配されていたことは興味深いことである。 もちろん、徐々にヨーロッパの概念が、日本の住民の下の層に浸透する機会が残されており、これにより日本は、新旧の考え方の不一致による危機に直面することは避けられないだろう。16章「支配階級と個人」 参考文献 ガエターノ・モスカ「支配階級」(1896 英訳1939 日本訳1973)

144 稀有書 20  ジャガーノートの祭

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ジャガーノート車の祭礼

 ジャガーノート(Juggernaut)とは、「止めることのできない巨大な力」という意味をもつが、もともとはインド東部海岸オリッサ州の都市プーリにあるジャガーノート寺院の神で、ジャガーノート(宇宙神)の祭礼に使う巨大な山車のことではない。
 さて、この祭礼に使用するジャガーノートの寺院車は非常に大きく扱いにくい。高さ13.7m、16の車輪があり、それを引くのに数千人が列をつくって引っ張るという。 寺院から寺院車を海浜へ移動させる距離は3.2キロ。 ジャガーノート寺院は、12世紀に東ガンガ王朝のチョダ・ガンガラジャ(1078-1150)によって建設された。 この寺院の主な像は、ジャガーノートと彼の兄弟バラバドラと姉妹サバドラの三位一体。 アシャダ・スカラ・ドワダシの祭礼に、国中から何万人もの信者が集まる。 そしてさまざまな儀式に3000人の聖職者が参加する。この祭礼のために3つのラタス(寺院車)が、数千年の伝統に従ってさまざまな材木から造られる。
 毎年、新しいラタスが造られ、そして祭典の後に切断される。 小箱には、クリシュナ神の灰が納められ、12年ごとにジャガーノートの木像に挿入されると想像されている。そしてそれが、仏陀の神聖な遺灰を納めた卒塔婆をモチーフにしていると推測できる。 (資料 J・ジンマーマン「インドの神ジャガーノートとヒンズー教」1914) JEREMIAH ZIMMERMAN,The God Juggernaut and Hinduism in India/Fleming H. Revell Company1914

143 稀有書 19 南北戦争での救急活動

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戦場での救急馬車での救護訓練

 アメリカの南北戦争(1861-65)のなかで、4万6000人近くの死傷者を出したゲティスバーグの戦い(1863年7月1日ー3日)では、軍の救急組織が無傷だったため、7月4日の早朝での彼らの活躍はめざましかった。
 戦いが終わり、交戦で倒れた数多くの負傷者のうち、地上に見捨てられた者はなかった。軍の救急組織は、徐々に発展しており、その救急活動のシステムが大統領に承認されたのは1864年3月11日であった。
 救急車には二輪と四輪があったが、二輪車は揺れて安定性が悪いことからふさわしくないとすぐにわかった。
 四輪のタイプではいろいろな形式が生まれた。これらの四輪の救急車の大きな誤算は、重量超過にあった。あらゆる大きな戦いの後、利用できる供給ワゴンが救急車に用いられた。これらはクッションがなかったが、床に干し草を敷いて負傷者用に改善された。
 軍の医療輸送サービスは、最後には次のように機能した。 連隊の軍医官は、できるだけ最前線に近い駅に待機し、前線と野戦病院からの素早いアクセスを確保したのであった。
  資料「フランシス・ミラー篇/写真史・南北戦争第7巻 刑務所と病院篇」リヴューオブリビュー社 1911年(FRANCIS MILLER /Photographic History of the Civil-War Vol.7 Prisons and Hospitals. THE REVIEW OF REVIEWS Co.