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172 稀有書  48 死ぬ技術

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アンドレ・モロア「私の生活技術」フランス語版

 アンドレ・モーロワ( 1885 - 1967)はフランスの小説家、伝記作者、評論家。「マルセル・プルーストを求めて」 新潮社(上下) 1952、「ディケンズ論」 弥生書房 1957、「ディズレーリ伝」 東京創元社 1960など、日本でも50冊以上の翻訳がある。以下は「私の生活技術」から「死ぬ技術」(1939)のなかの文章。

 イギリスの作家たちが、ウェルズ(1866 - 1946​)の70回誕辰を祝ったとき、ウェルズは一場の演説をして、私は今夕、ほんの子供だった頃、乳母が「へンリーさま、もうおねんねなさる時間ですよ」と言ったとき、私の抱いた感情を思い出すと言った。
子供というものは、眠る時間になると、眠るのはいやだと言う。しかし実際は、眠くて眼が塞がりそうなので、寝台こそ願つでもない休息所になることがよく分っている。
 ウェルズは附け加えて言った。「死たるものは、愛情ぶかくてしかも厳めしい乳母である。その時が来ると、私たちのところにやって来て、へンリーさま、もうおねんねなさる時間ですよ、と言うのである」と。
 われわれは多少とも頑ばる。しかし、休息の時間が来ると、われわれは心の奥底で、その休息にあこがれていることをよく知っているのである。(アンドレ・モロア「私の生活技術」5章7「死ぬ技術」内藤濯訳 新潮社(1952)