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207 稀有書 83クレオパトラ七世

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フランス版『クレオパトラ』(1964) 表紙

 『クレオパトラ』(1964)の作者のブノワ=メシャン(1901-1983)は、1947年に戦犯として死刑を宣告されたが、赦免され、歴史研究に専念する。作品に『アラビアのロレンス』、『オリエントの嵐』など多数。訳はナポレオン研究家の両角良彦(もろずみ1919 - 2017)。
●クレオパトラ
 クレオパトラ( BC69 - BC30)は、シーザーとエジプトとの間の媒介者だっただけではない。シーザーが築こうとしているローマ帝国と、彼女が後継者をもって自負しているアレキサンダー帝国との媒介者でもあった。(123p)
● クレオパトラの終焉
 シーザーがアレキサンドリアへやって来て出会った折のクレオパトラは、才たけた、いたずらな、よく笑う小娘だった。アントニウスが相手にしたのは、経験豊かな、女盛りの女王だった。だが、オクタヴィアヌスーわずか33歳であるーにとっては、彼女はとうの立った、魅力も涸れた一個の女性であって、反撥と侮蔑しか覚えない。女王の哀願にあっても、返事はありきたりの二、三の言葉を連ねるだけである。もし内心の本音をあかすなら、いくら呻かれても、泣かれても、どうしょうもないと言ってやるところだ。
 女王とシーザーの関係にしても、どうという関心はない。オクタヴィアヌスとしては、ずっと前から女王の裁きはつけており、またエジプトに関しても、すでに決断を下している。俺の愛するものは、人間の顔はしていない。ローマであり、国家であり、その故にこそ勝利を収め得たのだ。
●死を覚悟
 オクタヴィアヌスが立ち去ると、クレオパトラはついに勝負に敗れ去ったことを悟る。勝者の自分への反感は、どうやっても拭い去る術はない。あの男の戦車につながれ、カピトールの丘に引きずられてゆくだろう。凱旋行進のさらし者となり、鎖につながれ、群衆の嘲笑を浴び、唾をははきかけられるのが落ちだろう。考えるだに、怖ろしさに身がすくむ。いやだ、そういう見世物には金輪際なってやるまい。 お付きの者に、毒蛇を一匹仕入れるように命じる。深夜、一人の奴隷がひそかに霊廟に招じ入れられる。男はイチジクの籠にかくして、黒い小蛇を持ちこむ。大きさは指ぐらいしかないが、これに咬まれたら命はない。(333p)
 エジプトを征服したオクタウィアヌスは、紀元前30年、「カエサルの後継者」となる可能性があったカエサリオン(BC47 - BC30)を呼び戻して殺害し、プトレマイオス朝を滅ぼした。
出典 ブノワ=メシャン『クレオパトラ』両角良彦訳 みすず書房 1979