シュールの効用

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188 稀有書 64 アンコール・トムの神話

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ジャヤーヴァルマン7世

 三島由紀夫の戯曲『癩王のテラス』(1969)は、病魔に冒されたカンボジアの王ジャヤーヴァルマン7世(1122 - 1218?)が、アンコール・トムを造営しバイヨン寺院を建設してゆく物語である。
 アンコール・トムは新しい市内の中心部で、彼の最も大きな業績の1つがある。以前のクメール王は仏教徒だったので、彼は仏教の記念碑としてバイヨンを建てた。バイヨンと呼ばれる寺院は、仏教とヒンドゥー教の図像を組み合わせた多面的で塔のある寺院。その外壁には、戦争やクメール軍とその信奉者の日常生活のレリーフがある。

●癩(らい)を病む王と蜘蛛を飼う師伝

 アンコール・ワットの遺跡は、その歴史を原住民に尋ねてみても、彼らはこの建物に関しては伝説だけしか知らないのである。しかし「カンボヂァ民俗誌」には、以下の物語が紹介されていた。

・アンコール・ワットは神なるインドラの御手により造られた。またアンコール・トムが廃墟と化したについては、癩を病むさる王が犯した罪によるものと信じられている。この王は「王の病を癒すものには望みにまかせて礼をつかわすであらう」と布令を出した。
一人の有徳のバラモン僧が現れて、王に煮え沸る薬湯に入ることをすすめた。王はまづその範を垂れんことをバラモンに求めた。バラモンは承知をし、ある粉薬を王に手渡し、それを頭上から振りかけるやう依頼した。「王は承知した。そこで人を信じやすいこの哀れな僧侶は煮え沸る大鍋へ入った。と、癩王はその鍋を僧侶ごと河の中に投げ込ませた。「この裏切が」と原住民たちは言う。この都を滅ぼし、ついに廃墟に化せしめた。
・また原住民は現在大湖のあるあたりは、かっては「豊饒な沃野であった」と語る。「その真中には世にも美はしい都が栄えていた。ところがここにさる王があって道楽に小さい蝿を飼っていた。一方、若い王子の師伝(グル)に蜘昧を飼うものがあった。ある日その蜘昧が王の蝿を一匹食った。王は烈火のように憤怒して師伝を殺した。師伝は王と都を呪いながら空に翔け上った。と、忽ち沃野は地下に沈み、後には湖水が現れた。(エヴリーヌ・マスペロ著「カンボヂァ民俗誌」80頁 生活社1944)