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199 稀有書 75 仇討禁止令

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梅原北明編「近世社会大驚異全史」白鳳社(1931) 復刻版

 本書は明治元年から明治38年までの歴史を、当時の新聞記事から抜粋して編集したもの。2034頁
 ちなみに明治元年の最初の記事は、「幕府瓦解当時における江戸京都の両都市中の落書に現れた珍現象」(月日不詳)であり、最後は大正元年9月27日の「恩赦大赦令公布」である。
 これに追補と、付録1「近世暴動反逆変乱史」と「近世刺客暗殺史」が加わっている。ちなみに暗殺史の最後は明治43年の「安重根死刑に処せられる」の記事である。以下の記事は、「仇討ち禁止令」明治6年2月7日である。

●仇討禁止令(明治6年2月7日)
 「人を殺すは国家の大禁にして、人を殺す者を罰するは政府の公権に候処。古来より父兄の為に讐を復するを以て子弟の義務となすの風習あり。右は至情やむをえずに出ずるといえども、畢竟私憤をもって大禁を破り、私儀をもって公権を犯す者にして、固より擅殺(せんさつ)の罪を免れず。これに加え甚だしきに至りては、その事の故誤を問わず、その理の当否を顧みず復讐の名義を狭み、みだりに相構害するの弊往々これあり。
 甚だもって相済まず事に候。よって復讐厳禁ずべき仰出候條、今後不幸に至り親を害せらるる者これあるに於ては、事実を詳にし、その筋へ訴出べき候。もしその儀なく旧習に泥し擅殺するに於いては相当の罪科に処するべく候條、心得違いこれなきよう致すべきこと。
                 明治六年二月七日 太政官」
(資料「東京日々新聞」第二百八十五号 (明治六年二月七日)原文の片仮名を平仮名他、直しました)