シュールの効用

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191 稀有書 67 ミロのヴィーナス

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ミロのビーナスの搬送(discoverwalks.com 2019.11より)

 澤木四方吉(よもきち)の『西洋美術史論考』(1942)という書物がある。そのなかに「ミロのビーナスが謎」という論文がある。その主題は、ミロのビーナスの手はどんな形だったかを説明したものである。しかし面白いのは、イントロで紹介してあるミロのビーナスを、フランス軍が手にしたいきさつである。以下はその概要である。
●フランスに渡る迄
 教多いギリシャの島の一つに、ミロという島がある。1820年4月8日のこと、島の農夫がその樹園を耕していた。ふと濯木の根を抜くと、その喰込んだ土塊が穴の底に落ちた。覗いてみると穴は煉瓦に囲まれ、その下に壁龕があるに違いないと信じて息子を呼んで鍬をいれると、壁面に奥深い龕を発見した。そこには高さ約六尺の裸の女性像があった。
 知らせを聞いたフランスの代理領事ルイ・ブレストは、早速その場へ駈けつけた。「もし古代美術の遺宝が発見されたら、他の買い手が現われぬうちに先鞭をつけて購入すべし」との内訓を政府から受けていたのだ。試みにその売値を問うと、農夫のイオルゴスは、少くとも2万5000フランでなければと答えたのである。
 そうこうしているうちに、オイコノモスという僧侶が、イオルゴスにトルコ政府が聞いたら無代にて没収されるからと言って、750ピアスターという端金を与えて、強制的にこれを譲り受けた。そしてトルコの船が港に投錨すると、オイコノモスはさっそくこの船に運ぶ手はずをした。
 ブレストはこの状況に肝をつぶしたが、なんと海の向こうから島に向かってフランス軍艦がやってくるのが見えた。船が着岸すると、軍艦から武装兵士27人が島に上陸した。それから何が起きたかは発表されていないという。いずれにしろその彫刻はフランスにあるのだから、「暴力をもって奪取した」とする副艦長の談話が正しいだろうという。またイオルゴスに支払った金額も公表されていない。
(資料 澤木四方吉『西洋美術史論考』慶応出版社(1942)