(49) 破壊されたパルテノン神殿
ギリシャのパルテノン神殿は、紀元前438年に作られた
アテネの女神を祀る神殿であった。それが6世紀にはキリスト教に取り込まれ、キリスト教の教会に改造された。女神アテネの代わりにパナギア(聖母マリア)がまつられた。
1204年から1458年までパルテノンは、ラテン帝国から続くの大聖堂教会であった。
1458年にアテネはオスマン帝国に占領され、パルテノンもモスクに改造された。
しかし1687年、ヴェネチア連合国がトルコに宣戦を布告し、将軍モロシーニがアテネを攻撃した。まもなく攻撃はアクロポリスに向けられ、攻城兵はパルテノンに火薬が保管されていることを聞き出した。
9月26日、ヴェネチア軍は貯蔵されていた火薬に弾丸を命中させ、その爆発で300人以上が死亡し、パルテノン神殿の屋根を破壊した。
資料 「大英博物館のパルテノン彫刻ガイド(1908)